峰 万里恵さんのメキシコ特集のライヴで、
レキント・ギターの奏者として、
三村秀次郎さんが共演する。
レキント・ギターは、ボレーロをうたう
ロス・パンチョス型トリオに不可欠の楽器。
しかし、その他のすべてのジャンルでも使うことができる。
これについてご紹介しよう。
なお、日本や英語圏の国々などでは
「レキント・ギター」と呼んでいるが、
ラテン音楽の世界ではどこでも、
ただ《レキント requinto 》とだけいうので、
これからは、そう書くだけにする。
まず「レキント」ということばだが、
スペイン語の古い音楽専門用語で、
標準の楽器より高い音域をもったものを指す。
ギターに限らず、オーボエやコルネットにも「レキント」があったようだ。
いまは、ギター以外のレキント楽器は
あまり使われないようだが……。
コンガ・ドラムスのセットのいちばん高音の太鼓も
レキントと呼ばれている。
レキントと呼ばれる楽器は、
高音域だから、標準型楽器よりも小型、というか短い。
「キント」というと、音楽用語で「5度音程」を意味することもあるが、
このことばは「レキント」の語源ではないと思う。
民衆楽器にこのような音楽用語が使われるのは変だし、
5度音程はふつうは「キンタ」と呼ぶからだ。
一般に「レキント」と呼ばれる楽器は、
標準型よりも「4度」(2全音+1半音)高い。
合奏のときのバランスがいいのだろう。
レキントと呼ばれるギターの仲間は、
民俗楽器として各地に、それぞれ独自の形で
古くから存在している。
ここでご紹介するのは、トリオ・ロス・パンチョスによって
ボレーロと結びついたレキント――
世界的に知られた、いちばんおなじみのレキントである。
あるギター・メーカーのカタログを見ていたら、
このレキントは、他の種類と区別するため
「レキント・ロマンティコ」と名づけてあった。
ロマンティックなレキントの発明者は、
トリオ・ロス・パンチョスの第1ギター奏者
アルフレード・ヒル Alfredo Gil
(Teziutlán, Puebla 1915 - 99 México D.F.) ということで
異論はないだろうと思う。
このトリオ結成当初は、
彼はふつうのクラシック・ギターを弾いていたのだが、
他のグループとははっきりちがう特徴を打ち出すために、
情熱的でロマンティックなスタイルを、より目立たせるために、
新しい高音の音色を求めて、
レキントを創案したのだろう。
ベラクルース州の民俗舞曲にも
レキントと呼ばれる楽器があった(後述)。
でも民俗音楽の小型・高音ギター類は、
ボレーロには、音色が派手すぎる。
はっきり言って、やかましくて、ラヴソングにはふさわしくない。
ヒルは、クラシック・ギターの情感も失わない、
より高音の楽器がほしかったのだろう。
彼がギター製作者と相談して
世界初のレキントが完成した。
サイズはそんなに小さくはなく、
ふつうのギターの80%くらいの大きさだ。
ふつうのクラシック・ギターと、ほとんど同じ感触で弾くことができる。
いっぽうでは、共鳴体となる胴は、
ふつうのギターより厚い。
民俗レキントは薄くて、
ウクレレみたいな(失礼!)軽い音なので、
より深みのある音色を求めた結果だろう。
また、ふつうより高い調弦なので、
弦の張りが強くなる。
その張力を支えるために、
胴を厚くして強度を増したのだろう。
このレキントの最低音は「ラ」
(ふつうのギターは、その下の「ミ」)、
そこから上へ「レ・ソ・ド・ミ・ラ」と調弦される。
ふつうのギターの調弦をそっくりそのまま
4度上へ移したものだ。
ヒルは、クラシック・ギターの奏法で、自分の爪を使って弾いた。
その後のレキント奏者は、それぞれの好きな弾きかたで、
ジャズ・ギターのようにプレクトラム(ピック)を使う人も、
親指にはめた人工爪(サム・ピック)を使う人もいる。
これらの併用もできる。
ヒルが最初のレキントを発注したのは、
スペインのギター製作者 ビセンテ・タターイ
Vicente Tatay (Valencia 1869 - ?) だった。
19世紀末から自分の工房をもっていたタターイは、
個人の製作者としては大手の部類に入り、
世界的にかなり知られていたらしい。
本人は1942年に引退し、それまでもずっと手伝ってきた
ふたりの息子が跡を継いだ。
タターイ工房は、クラシックとフラメンコの
ギターのほかに、ラウー(リュート)やバンドゥーリア
(スペインのマンドリン)なども多く手がけていたので、
異種ギター製作の経験やノウハウは豊富だったろう。
ヒルは、最初のレキント以後、改良したり、
他の製作者の楽器も弾いたはずだが、
これについては、わたしは情報をもっていない。
なお、あのピート・シーガー Pete Seeger (New York 1919) が、
1940年代末から、タターイ製作の
クラシック・ギターを弾いていたそうだ。
自分で買ったのではなく、だれかにプレゼントされたとのこと。
各地に「レキント」と呼ばれる、高音ギターがあるので、
ついでにご紹介しよう。
これらの民俗楽器は、ヒルのレキントよりずっと古くから、
フォルクローレ演奏に使われてきた。
これらは別の名前で呼ばれることもあり、
調弦は必ずしもいつも同じではない。
スペインのアラゴン地方のレキントは、
4〜5本のナイロン弦だそうだ。
ロンダージャ(街角のコーラスとギター合奏グループ)や
有名な民俗舞曲《ホタ》の伴奏楽団に使われる。
メキシコのベラクルース地方は、アルフレード・ヒルが
少年時代をすごしたところだが、
そこの民俗舞曲には「レキント・ハローチョ」が使われる。
ナイロンの4〜5弦で、
アルパ(ハープ)に次ぐメロディ楽器。
大型のものはベースの代わりの低音楽器である。
ベネズエラとコロンビアのアンデス地帯のレキントは、
金属弦だから音が大きい。
(金属弦は自然の爪だと負けてしまうので、
どの地方でもピックで弾く。音量もそのほうが増す)
しかも、3弦×4組の計12本弦だ。
ひとまとめの3弦のうち、1本を1オクターヴ下げて調弦する地域もある。
ふつうのギターの高いほうの4弦と同じ調弦である。
ペルーのアレキーパ地方のレキントは、やはり金属弦で、
2本×6組の12弦。
ヒル型のレキントより1全音高く調弦する。
ギター・オーケストラで「アルト・ギター」と
呼んでいる楽器がこの調弦だ。
そしてコロンビアでは、「ティプレ」と呼ばれるギターがこの調弦。
またベネズエラ音楽に不可欠の楽器「クワトロ」もこの調弦
(低音弦2本をはぶいて、計4本の弦)。
ただしクワトロは第1弦が最高音ではなく、
下から、ラ・レ・ファ#・(最低音のラより1音高いだけの)シ。
――これで、和音をかき鳴らすとき独特の、音が硬く詰まったひびきが生まれる。
アルゼンチンのクージョ地方は、同国の中西部で、
サンフアン、メンドーサ、サンルイスの3州から成る。
ここのフォルクローレ歌曲形式《トナーダ》の伴奏などに
「レキント・クジャーノ」という楽器が使われてきた。
わたしが見たレキント・クジャーノは、4人組グループ
《ロス・キジャ・ウアシ Los Quilla Huasi 》の第1ギター、
オスカル・バージェス Óscar Valles (Buenos Aires 1924) が
日本にもってきたものである。
彼のは、金属弦2本×6組。ギターと同じ調弦だった。
彼らが日本で録音した一部の曲で、その音色が聴ける。
(クージョ地方のグループのレコードでも時に聴けるが)
© 2008 Masami Takaba