「峰 万里恵のページ」付録(ふろく) うたを もっと 感じるために 高場 将美


ダメ男のサンバ



§ お砂糖と愛情で

峰 万里恵さんがひさしぶりに «Com açúcar, com afeto»お砂糖と愛情で)を
うたうというので、うれしくなった。いつ聴いてもニコニコしてしまう曲だ。
ボサノヴァのスタイルにもなれるが、リオのサンバである。
まず曲のはじまりの歌詞をご紹介しよう。

Com açúcar, com afeto
Fiz seu doce predileto
Pra você parar em casa
Qual o quê!
Com seu terno mais bonito
Você sai, não acredito
Quando diz que não se atrasa.
お砂糖と愛情で
わたしは あんたのお気に入りのお菓子をつくった
あんたが家にずっといるように
――なんにもなりゃしない!
いちばんきれいなスーツを着て
あんたは家を出てゆく――わたしは信じない
あんたが遅くはならないよと言ったって。

このあと、仕事場へ出かけた男は街角のバーにひっかかり、けっきょく夜になって……
この途中経過の描写に、すごく現実味があり、たいへんおもしろい。
サッカーで議論したり、古いサンバを聴いてセンチになったり、
ミニスカートの女の子を眺めたり……
男はボロボロになって帰宅する。歌詞の最後の部分――

Logo vou esquentar seu prato
Dou um beijo em seu retrato
E abro os meus braços
Pra você.
そこでわたしは あんたの食事をあたため
飾ってあるあんたの写真にキスして
わたしの両腕を開く
あんたのために。

男はガレージにつとめているようだが、これでは彼女は養えない。
それでもこれはひとつの「生活」にはちがいない。

*この曲のほぼ全訳が、あるライヴのプログラムに載っています。
PDFファイル (Adobe) です。ここをクリック

作詞作曲はシコ・ブアルキ・ヂ・オラーンダ Chico Buarque de Hollanda
彼はこういう生活とは縁が遠い男だが(働かない男であることは共通点)、
似たようなシチュエーションのべつの曲もつくっている。こんどはノー・シュガーである……。


§ お砂糖もなく

似たような……といっても、シコ・ブアルキは二番煎じはしない。
こんどは満たされない女性のにがい気持ちをうたう。
タイトルは«Sem açúcar»お砂糖もなく)という。
歌詞の断片をご紹介しよう。

Todo dia ele faz diferente, / não sei se ele volta de rua
Não sei se me traz presente, / não sei se ele fica na sua.
. . . . . . . .
Dia impar tem chocolate, / dia par eu vivo de brisa
Dia útil ele me bate, / dia santo ele me alisa.
. . . . . . . .
A cerveja dele é sagrada, / a vontade dele é a mais justa
A minha paixão é piada, / sua risada me assusta.
. . . . . . . .
Enquanto ele dorme pesado / eu rolo sozinha na esteira
E nem me adivinha os desejos
eu de noite sou seu cavalo
eu rolo sozinha na esteira.
毎日あの人のやることはちがう わたしにはわからない 外から帰って来るんだか
わたしにプレゼントをもってくるんだか 自分のことしか考えないでいるのか
…………
奇数日にはチョコレートをもってくる 偶数日はわたしは風を飲んで生きてる
平日は彼はわたしをぶつ 祭日は彼はわたしを平らに延ばす
…………
彼のビールは神聖なもの 彼の意思はもっとも正当なもの
わたしの情熱なんか笑い話 彼の笑い声がわたしはこわい
…………
彼がぐっすり眠り込んでいるあいだ わたしはひとり 草編みマットレスに転がる
彼はわたしの欲望を察することもできない
夜はわたしは彼が飼ってる馬
わたしはひとり マットレスの上を転がっている。

かならずしも同じテーマではないが、似たところもある曲が
«Teresinha»テレジーニャと3人の男たち)。これも万里恵さんはうたっている。
シコ・ブアルキが女性になり代わって(ホントかね?)書いた曲はみんなおもしろい。
そもそもシコのお父さんは歴史学者で、ローマ大学の教授として招かれたくらいの
大物知識人だ。でもシコは超インテリ少年だった一方で音楽も大好き
(お母さんはピアノが上手だった)、
ギターを弾き、学生のころからサンバもやっていた。
彼があこがれていたのは、いわゆる黒人サンバの世界。
(黒人サンバという呼びかたは、科学的でないし、いいかげんだが、
すぐ話が通じて便利なので使わせていただきます)
イズマエウ・シウヴァ Ismael Silva などの生え抜きサンビスタたちの曲が大好きで、
それを真似して『お砂糖と愛情で』などをつくったのだそうだ。
シコの曲の「ダメ男」たちは、黒人サンバのマランドロ(やくざもの)たちとは、
またすこしちがった性格だが、同類・仲間である。


§ 夜明け前のボヘミアン

ダメ男を良く言えば(?)「ボヘミアン(ポルトガル語ではボエーミオ)」だ。
典型的なそんな男の歌が万里恵さんのレパートリーにもある。
わたしも大好きな曲で、«Madrugada»夜明け前)という。
これも歌詞の断片をご紹介しよう。

A mulher só vive a reclamar
Que eu não tenho a hora pra chegar
Sou boêmio, tenho que beber
Nunca estou em casa p'ra jantar.
. . . . . . . .
Madrugada
É a minha companheira
Amanhece
Eu estou na vida dela
Vou p'ra casa
Vou dormir, vou descansar
A noite chega, me pede p'ra voltar.
女というものは文句をいうのを生きがいにしてる
おれがいつ家に着くかわからないとか
おれはボヘミアンで 飲まずにはいられないとか
食事どきに家にいたことがないとか
…………
夜明け前
その時間がおれの仲間
朝が来る
そしたらおれは彼女の人生に入る
おれは家へ行く
そこで眠ろう 休もう
そのうちに夜がやってきて おれに帰ってきてくれと頼む。

家に「行く」、夜に「帰る」と、はっきり動詞を使い分けている。なんと見事な生きざま(笑)。
また、日本では「夜明けのサンバ」という題になっていたが、
「夜明け前」と「夜明け」も、はっきり区別されている。
主人公は「夜明け前」のサンバの世界で生きているのである。
このサンバの作者はゼー・ケチ Zé Keti という。黒人サンバの有名人のひとりだ。
同じテーマをうたった«Diz que fui por aí»おれはそのへんへ行ったと言っといてくれ)が
『夜明け前』より有名なようだ。「人に聞かれたら、おれはどっかそのへんへ、
ギターをもって行っちゃったと言っといて」という歌詞。
ナラ・レオン Nara Leão が1960年代にうたって広く知らせた。
ボサノヴァ時代は、黒人サンバが、その世界の外の若者たちに「発見」され、
脚光を浴びせられた時代でもあった。


§ カーニバルの黄色いシャツ

黒人サンバのダメ男たちは、ギターをもって1年中街角にいるようだが、
カーニバルともなれば、年に1度のダメ男もたくさん出てくる。
万里恵さんのレパートリーからもうひとつ
«Camisa amarela»黄色いシャツ)をご紹介しよう。
今までの中ではいちばん古い曲、なにしろ作者は、
世界でいちばん有名なサンバ«Aquarela do Brasil»(ブラジルの水彩画=サンバ・ブラジル)
をつくったアリ・バホーゾ Ary Barroso である。
歌詞は女性のセリフになっていて、カーニバルの大通りで見つけた
わたしのヤクザ男は、黄色いシャツを着て、酔っぱらって
お祭りグループにまじってフラフラ行ってしまい……

Mais tarde o encontrei
Num café zurrapa
No largo da Lapa
Folião de raça
Bebendo o quinto copo de cachaça.
その後やつを見かけたのは
安酒を飲ませる とあるカフェだった
あぶないラパ通りで
生え抜きのお祭り男は
5杯めのカシャーサを飲んでた。

彼はカーニバルの終わった木曜日の朝7時に帰ってきて、
重曹入りの水をもらうとベッドに倒れこみ、1週間イビキをかきつづけ、
目を覚ますと改心して――

Pegou a camisa amarela
Botou fogo nela
Gosto dele assim
Passou a brincadeira
Ele é pra mim!
黄色いシャツをつかむと
火をつけて燃やしちゃった
わたしはそんな彼が好き
もう彼はわたしのためのもの!

この曲を作者本人がピアノを弾きながらうたった録音を聴くと、
朝5時には帰ってきたり(大差ないね)、
カシャーサの量が少なかったりする。
作者とはいえ、歌詞をウロ覚えで、即興でうたって(語って)るようだが、
ダメ男を少しだけいい子にしているのでオカシい。

なお誤解のないように言っておくけれど、
峰 万里恵さんはダメ男のサンバだけ選んでうたっているわけではない。
彼女の場合、いいアーティストの歌でいろんな曲を聴いて、
美しくひびく歌詞、なにか内容の豊かさを直感させる曲を、
ほとんど音のひびきだけで、ことばの意味はあんまり考えずに選ぶ。
あとで調べてみて、やっぱり歌詞が美しい感情、あるいは
おもしろい感じかたを表現をしていたと「理解」する。
最初は、自分の耳で音を「感じる」ことで選曲している。
あとになって、ダメ男のサンバを意外とたくさん(でもないけれど)
うたっていたんだな……と気がついたわけだ。


「うたを もっと 感じるために」

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© 2007 Masami Takaba


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