「峰 万里恵のページ」付録(ふろく) うたを もっと 感じるために 高場 将美



レキント・ギター



峰 万里恵さんのメキシコ特集のライヴで、
レキント・ギターの奏者として、
三村秀次郎さんが共演する。
レキント・ギターは、ボレーロをうたう
ロス・パンチョス型トリオに不可欠の楽器。
しかし、その他のすべてのジャンルでも使うことができる。
これについてご紹介しよう。
なお、日本や英語圏の国々などでは
「レキント・ギター」と呼んでいるが、
ラテン音楽の世界ではどこでも、
ただ《レキント requinto 》とだけいうので、
これからは、そう書くだけにする。

*三村秀次郎さんについては、
サイト「峰 万里恵のページ」に紹介されています。⇒ミュージシャン紹介

まず「レキント」ということばだが、
スペイン語の古い音楽専門用語で、
標準の楽器より高い音域をもったものを指す。
ギターに限らず、オーボエやコルネットにも「レキント」があったようだ。
いまは、ギター以外のレキント楽器は
あまり使われないようだが……。
コンガ・ドラムスのセットのいちばん高音の太鼓も
レキントと呼ばれている。
レキントと呼ばれる楽器は、
高音域だから、標準型楽器よりも小型、というか短い。
「キント」というと、音楽用語で「5度音程」を意味することもあるが、
このことばは「レキント」の語源ではないと思う。
民衆楽器にこのような音楽用語が使われるのは変だし、
5度音程はふつうは「キンタ」と呼ぶからだ。
一般に「レキント」と呼ばれる楽器は、
標準型よりも「4度」(2全音+1半音)高い。
合奏のときのバランスがいいのだろう。

ポルトガル語に requinte(ポルトガルではレキント、
ブラジルではヘキンチと発音)ということばがあり
(スペイン語にもあるが古語のようなもの。現代でも理解はされるが)、
「より高度なものにすること」「より美しく飾ること」
「洗練」といった意味である。
このことばが、レキントの語源にあると思われる。
なお、ポルトガル語では、そう呼ばれる楽器は
クラリネットだそうだ。一般のクラリネットより、4度高い音域をもつ。

「レキント」ということばに似た意味の、スペイン語の古くからの音楽用語に
ティプレ tiple 」がある。
ティプレは、元来は女声の最高音域、そして、その音域の歌手のことだ。
イタリア声楽の「ソプラノ」に相当することば。
このことばは、高音域の楽器にも転用されることがある。
「ティプレ」と呼ばれるギター系楽器が各地にあるが、
レキントとほとんどおなじ音域をもつ。
ティプレとレキントが合奏することは、どこにもない。
地方によって、どちらかの名前が使われるわけだ。


§ ロマンティックなレキント

レキントと呼ばれるギターの仲間は、
民俗楽器として各地に、それぞれ独自の形で
古くから存在している。
ここでご紹介するのは、トリオ・ロス・パンチョスによって
ボレーロと結びついたレキント――
世界的に知られた、いちばんおなじみのレキントである。
あるギター・メーカーのカタログを見ていたら、
このレキントは、他の種類と区別するため
「レキント・ロマンティコ」と名づけてあった。

ボレーロについて、パンチョスについては、
この付録の別記事をお読みください。
ムーチョ・コラソーン――ボレーロとメキシコ女性作者 <上>

ロマンティックなレキントの発明者は、
トリオ・ロス・パンチョスの第1ギター奏者
アルフレード・ヒル Alfredo Gil
(Teziutlán, Puebla 1915 - 99 México D.F.) ということで
異論はないだろうと思う。
このトリオ結成当初は、
彼はふつうのクラシック・ギターを弾いていたのだが、
他のグループとははっきりちがう特徴を打ち出すために、
情熱的でロマンティックなスタイルを、より目立たせるために、
新しい高音の音色を求めて、
レキントを創案したのだろう。
ベラクルース州の民俗舞曲にも
レキントと呼ばれる楽器があった(後述)
でも民俗音楽の小型・高音ギター類は、
ボレーロには、音色が派手すぎる。
はっきり言って、やかましくて、ラヴソングにはふさわしくない。
ヒルは、クラシック・ギターの情感も失わない、
より高音の楽器がほしかったのだろう。
彼がギター製作者と相談して
世界初のレキントが完成した。
サイズはそんなに小さくはなく、
ふつうのギターの80%くらいの大きさだ。
ふつうのクラシック・ギターと、ほとんど同じ感触で弾くことができる。
いっぽうでは、共鳴体となる胴は、
ふつうのギターより厚い。
民俗レキントは薄くて、
ウクレレみたいな(失礼!)軽い音なので、
より深みのある音色を求めた結果だろう。
また、ふつうより高い調弦なので、
弦の張りが強くなる。
その張力を支えるために、
胴を厚くして強度を増したのだろう。
このレキントの最低音は「ラ」
(ふつうのギターは、その下の「ミ」)、
そこから上へ「レ・ソ・ド・ミ・ラ」と調弦される。
ふつうのギターの調弦をそっくりそのまま
4度上へ移したものだ。
ヒルは、クラシック・ギターの奏法で、自分の爪を使って弾いた。
その後のレキント奏者は、それぞれの好きな弾きかたで、
ジャズ・ギターのようにプレクトラム(ピック)を使う人も、
親指にはめた人工爪(サム・ピック)を使う人もいる。
これらの併用もできる。

世界のいくつかの国に、いわゆるクラシックの室内楽の仲間で、
「ギター・オーケストラ」というものがある。
これは古い伝統のある演奏形態なのかどうか、
わたしはまったく無知なのだが、
レキント・ギターが使われることがあるようだ。
ギター・オーケストラのレキント・ギターは、
ヒルのレキントとまったく同じ調弦だ。
どちらが先に考え出されたのか? これも、わたしは知らない。

ヒルが最初のレキントを発注したのは、
スペインのギター製作者 ビセンテ・タターイ
Vicente Tatay (Valencia 1869 - ?) だった。
19世紀末から自分の工房をもっていたタターイは、
個人の製作者としては大手の部類に入り、
世界的にかなり知られていたらしい。
本人は1942年に引退し、それまでもずっと手伝ってきた
ふたりの息子が跡を継いだ。
タターイ工房は、クラシックとフラメンコの
ギターのほかに、ラウー(リュート)やバンドゥーリア
(スペインのマンドリン)なども多く手がけていたので、
異種ギター製作の経験やノウハウは豊富だったろう。
ヒルは、最初のレキント以後、改良したり、
他の製作者の楽器も弾いたはずだが、
これについては、わたしは情報をもっていない。
なお、あのピート・シーガー Pete Seeger (New York 1919) が、
1940年代末から、タターイ製作の
クラシック・ギターを弾いていたそうだ。
自分で買ったのではなく、だれかにプレゼントされたとのこと。


§ 各地のレキント

各地に「レキント」と呼ばれる、高音ギターがあるので、
ついでにご紹介しよう。
これらの民俗楽器は、ヒルのレキントよりずっと古くから、
フォルクローレ演奏に使われてきた。
これらは別の名前で呼ばれることもあり、
調弦は必ずしもいつも同じではない。

スペインのアラゴン地方のレキントは、
4〜5本のナイロン弦だそうだ。
ロンダージャ(街角のコーラスとギター合奏グループ)
有名な民俗舞曲《ホタ》の伴奏楽団に使われる。

メキシコのベラクルース地方は、アルフレード・ヒルが
少年時代をすごしたところだが、
そこの民俗舞曲には「レキント・ハローチョ」が使われる。
ナイロンの4〜5弦で、
アルパ(ハープ)に次ぐメロディ楽器。
大型のものはベースの代わりの低音楽器である。

ベネズエラとコロンビアのアンデス地帯のレキントは、
金属弦だから音が大きい。
(金属弦は自然の爪だと負けてしまうので、
どの地方でもピックで弾く。音量もそのほうが増す)
しかも、3弦×4組の計12本弦だ。
ひとまとめの3弦のうち、1本を1オクターヴ下げて調弦する地域もある。
ふつうのギターの高いほうの4弦と同じ調弦である。

ペルーのアレキーパ地方のレキントは、やはり金属弦で、
2本×6組の12弦。
ヒル型のレキントより1全音高く調弦する。
ギター・オーケストラで「アルト・ギター」と
呼んでいる楽器がこの調弦だ。
そしてコロンビアでは、「ティプレ」と呼ばれるギターがこの調弦。
またベネズエラ音楽に不可欠の楽器「クワトロ」もこの調弦
(低音弦2本をはぶいて、計4本の弦)。
ただしクワトロは第1弦が最高音ではなく、
下から、ラ・レ・ファ#・(最低音のラより1音高いだけの)シ。
――これで、和音をかき鳴らすとき独特の、音が硬く詰まったひびきが生まれる。

アルゼンチンのクージョ地方は、同国の中西部で、
サンフアン、メンドーサ、サンルイスの3州から成る。
ここのフォルクローレ歌曲形式《トナーダ》の伴奏などに
「レキント・クジャーノ」という楽器が使われてきた。
わたしが見たレキント・クジャーノは、4人組グループ
ロス・キジャ・ウアシ Los Quilla Huasi 》の第1ギター、
オスカル・バージェス Óscar Valles (Buenos Aires 1924)
日本にもってきたものである。
彼のは、金属弦2本×6組。ギターと同じ調弦だった。
彼らが日本で録音した一部の曲で、その音色が聴ける。
(クージョ地方のグループのレコードでも時に聴けるが)



「うたを もっと 感じるために」

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© 2008 Masami Takaba



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