「峰 万里恵のページ」付録(ふろく) うたを もっと 感じるために 高場 将美


帰ってくるタンゴ



§ UPLINK FACTORY

ミニ・イベント『帰ってくるタンゴ』は、偶然の重なりから生まれた。
――なーんて、大げさにドラマを盛り上げてはおかしい。
自分で笑ってしまうけれど、事情はこうだ。
まず最初は《アップリンク》から、
映画『12タンゴ――ブエノスアイレスへの往復切符』の
日本語字幕を監修する仕事が、わたしにまわってきた。
次に、上映がはじまり、
公開中のある夜、この映画上映後にトークをする仕事が来た。
現在のタンゴ・ダンサー事情その他、現場の裏情報(笑)に強い
ラティーナ》誌の太田亜紀さんに来てもらって、楽しいおしゃべり会だった。
終わったとき、そのとき客席にいた 峰 万里恵さんと、わたしが、
同じように考えていたのは、
「このスペースでライヴができないかな」 ということだった。
このスペースとは、《アップリンク》の
ファクトリー》というマイクロ・カフェ・シアターである。
万里恵さんはパンク・ロックのファンだった時期もあって、
《アップリンク》が出した反体制的なアーティストのビデオを少しは買っていた。
でもそれとはまったく無関係に、この《ファクトリー》という
スペースが気に入ったのだった。
じつはそのとき、自分たちだけで企画運営する、
リサイタルというほど大げさでないライヴを、
どこかでやりたいと思って、情報を集めようとしていたところだった。
そこで、わたしがアップリンクのホームページで調べ、
ふつうのレンタル料金はわたしたちの予算規模を
はるかに超えていることがわかった。
でも、マイクもPAも使わず、
椅子とふつうの照明だけ使うレンタルが可能かもしれない。
いつもさまざまなイベントがあるようなので、スケジュールは一杯だろうけれど……
ダメでもともと、とにかく聞いてみようと、問合せのメールを出した。
そしたら「共同企画でやりませんか」という返事が来た。
うれしいというより、ただただ驚いた。嘘みたい!
わたしたちは、もし借りることができたら、そのとき内容を考えようと思っていて、
どんなジャンルをやるか決めていなかった。
でも打ち合わせに行ったら、アップリンク・ファクトリーの倉持政晴さんは
映画『12タンゴ』と組み合わせたライヴという。そんならタンゴだ。
こうして、すべて最高のタイミングで実現するこの企画だが、
打ち合わせのあと外に出て、万里恵さんがしみじみと言った。
「タンゴをやるのに、バンドネオンはどうしますか?
――なんて、ひとことも言われなかった。
こんなこと初めて!」 うれしくて、ほとんど涙を浮かべていた。
倉持さんは、数年前にアルゼンチン・ロックが日本で熱い注目を集めた
(もちろんメジャー路線からは外れた)
ライブ・イベントにもかかわっていたのだそうだ。
彼はポピュラーな名曲をやってくれとも言わなかった。
「ぼくらの世代は、タンゴを聴いたことがないんですよ。だから
どの曲を聴いても新鮮に感じます」
聴く人にタンゴを感じさせればいいのだ。
打ち合わせは(お金の話も含めて)すぐに終わった。


§ TANGOS QUE VUELVEN

なんたって共同企画だから、アップリンク・ファクトリーの広報宣伝だけでなく、
こちらもがんばろうと、チラシをつくることにした。
それには映画とライヴをまとめたタイトルのようなものが必要だと思って、
なにも考えずに頭に浮かんだのが「帰ってきたタンゴ」である。
あんまり良くない。何かほかに……と自分の感覚の中をさぐっていたら、
「帰ってくるタンゴ」が浮かんできた。
チラシには書かなかったが、スペイン語(上記)付きで浮かんできた。
どこかの歌詞にあったことばが無意識にまじっているかもしれない。
勝手に出てきたタイトルで、スペイン語のほうでは「タンゴ」が複数になっている。
このタンゴは曲かもしれないし、タンゴになった人間かもしれない。
両方まざっているんじゃないかな? わたしにも具体的な意味は
わからない。なんとなく 「帰ってくるタンゴ」を感じてください。
タイトルをつけてしまったあとになって考えたのだが、
タンゴはいつも帰ってこようとしている音楽だったと、
コジツケでなく言えるようだ。どこから帰ってくるのだか、
どこへ帰ってゆくのか知らないけれど……。
わたしは、論理的に考えることはできない。ボヤッとしていたら、
バンドネオン奏者で、1940年代からもっとも多く若いタンゴ・ファンを育てた
アニバル・トロイロ Aníbal Troilo(1914-75)のつくった詩
«Nocturno a mi barrio»わが街へのノクターン)の断片を思い出した。

Alguien dijo una vez
que yo me fui de mi barrio,
¿cuándo?
pero, ¿cuándo?
si siempre estoy llegando . . .
だれかが あるとき言った
おれが おれの街から出て行ってしまったと、
いつのことだ?
おい いつのことだ?
おれはいつでも ここへ向かって帰ってくるところなのに……


「うたを もっと 感じるために」

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© 2007 Masami Takaba


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